‘タヒボを伝える事に情熱を燃やす仲間達’ カテゴリーのアーカイブ

「道は近きにある」を実践

2007/06/05

「自分の道を信じる挑戦者達」シリーズに、紳士・婦人服を10店舗

経営している㈱あさひやの小椋会長の事を掲載したいと思い、お話を

お伺いしに行きました。





小椋会長は、18歳から仕事を始められ、住職の息子さんと一緒に

地域の子供たちの為に、ボーイスカウトを20歳から40歳までの

20年間続けられ、ボアランティアでする事がとても大きく役に

立ったと教えてくださいました。





ボーイスカウトはお金をもらってやるものではないし、子供達も

お金を払って来ていたわけではないので、

「約束を守らなければいけない」、「必ず来ないといけない」

などの義務もなく、すぐに来なくなってしまうのです。





しかし、自然体で子供達の心に向き合う事が出来たし、一緒に

楽しく学ぶ事を常に考えていたとの事でした。

その結果、子供の数も口コミにより70人を越えるまでになった

そうです。





その教え子と友達がお店に遊びに来るようになり、5年後には

小椋会長(㈱あさひや)のもとで社員となり、さらに店長となり、

あさひやの社長にまでなられたそうです。





しかも現在のあさひや社長の親友が、東京の服飾関係の会社に

勤めている事を聞いて、小椋会長は夫婦で、転勤先の仙台まで

会いに行き、そこで話した事がきっかけとなり、ショッピング

モールに出店している店舗の店長を任されたそうです。





小椋会長の取材中に教えていただいた「道は近きにある」という

言葉がありました。

その言葉どおり、身近な方を大事にしてきた事で、これまでの経緯

があったのだと、とても説得力がありました。





そして、もうひとつ印象に残った言葉は、「相手の事を信じきる」

という言葉でした。「相手の事を信じきって話をする。」、

「相手の存在を受け入れる。」、「相手の心に話しかけるんだ。」

と教えていただきました。





「道は近きにある」、「相手の事を信じきる」これを実践してこられ

た小椋会長は、出会った方の心に問いかけ、人を信じきって任せる事

により、一つ一つを実現してこられたすばらしい実業家だと強く感じ

ました。





「自分の道を信じる挑戦者達」シリーズとは



親父のがんが手術で99%取りきれたんですよ

2005/02/16

吉山先生から朝に連絡がありました。

『親父のがんが手術で99%取りきれたんですよ、色々ありがとう』と、喜びの声を頂きました。

最初は、年を越せないだろうという状態だったのです。それを聞いてから、起泉の整水器を使ってもらい、それとタヒボを飲んでもらいました。

他には野菜ジュースを飲まれていたそうです。



もう、この喜びの声を聞いたときは、うれしくてうれしくてたまりませんでした。

他のタヒボの愛飲者の方のためにも、手紙も書くと言って下さったので、また届きしだいご報告できるかもしれません。



吉山先生は、私が高校の頃からお世話になっていた先生ですのでとてもよかったと思いました。現在は、兵庫県で接骨院を開業されていて、タヒボも開業されてからおいてくれていたのです。吉山先生のご両親はタヒボで驚くような体験をしていらっしゃるので、体の治療の際は聞いてみてください。



あと、ちょっとだけついでに言わしてもらえば、接骨院においてある機械は最新のばかりで、その機械で私は、肩、首などを短期間で治してもらいました。

(治療してもらったのは、吉山先生の友人の渡辺先生の治療所で同じ機械です。)

タヒボの代理店さんの昭和法規出版株式会社の川田さんに取材してみました!-続編

2005/02/09

取材の事をまとめてみると





・大阪では、接骨院の業界で有名な先生が息子の事があって、タヒボを信用してくれて、勧めてくれている。



・タヒボ茶を飲んでいるご両親が、何度も検査をした不思議な出来事



・神戸の徳丸先生から、『もっと自信を持ってみんなに教えていかなあかんやろう』と、言ってくれるまでに信頼を結べた7ヶ月のエピソード。



・喜ばれる、感謝されるということを、感じることが出来るのはタヒボが一番と思った出来事。



・「ここだけの話しやけど、感謝してる。」と、とても頑固な患者さんが徳丸先生にもらした理由。



・徳丸先生は、以前は警察官でした。警察時代の16年間で、日本体育協会スポーツトレーナー1級(現)日本体育協会公認スポーツ指導者の資格を取得。その先生がタヒボを信じた理由







川田さんの取材内容は、タヒボ茶の効能効果にふれる部分が多いためご紹介が出来ません。

詳しくは、当社までお問い合わせくださいませ。

タヒボの代理店さんの昭和法規出版株式会社の川田さんに取材してみました!

2005/02/02

取材スタッフ:なぜタヒボの販売を始められたのですか?



川田さん:きせんコミュニケーションズの坂井さんと知り合ったことですね。それまではタヒボ自体全然知らなかったんですよ。始めは、坂井さんがタヒボ茶で頑張っているのを聞いていたので。



プライベートでもよく遊んでいますし、『ウソつかへん、信用できるな』と、思いましたのでなにか力になれることがないかなあと、思う事もあって。



うちは出版社ですから、健康食品に関わっことがなかったんですよ。やりたいな、と思ったのはうちの父親もガンだったんですね。



だから、ガンの家族の気持ちというのは自分もそうなので、まあ親父はたまたま治りましたけど、治らない場合もある、そういう時の家族の状況というのは悲惨なほどつらい。そう思うとやっぱり、ちょっとでも役に立つ事をやってみたいな、というのがもともと頭にもあったんで、その時にちょうど坂井さんと出会って「ああ一回やってみようかな」と、それがきっかけですよね。