「心が救われる治療!」無償での医療活動を行うジャパンハートとは

ミャンマーでは23年前では32万人に対して1人の医者のみだったそうです。

急性盲腸が数万円。点滴1本が1カ月の労働賃金の費用がかかり、1日50円の賃金であった農家にとっては医療を受けれる現状でなかったのです。

そこで吉岡先生は1995年に「死んでも心が救われる治療。大切に人を扱う」と心にきめてジャパンハートとして、ミュンマーで何も設備がない所から無償での医療活動がスタートしたのです。

そこで何も設備がない中、できない理由を探し、患者さんを追い返していたが、「必ず手術をしよう!」と決めて、自分のお金で器具・薬を買い集め、手術台は大工に作ってもらい、2時間しか電気がこない中、半年で行き場のない患者さんを迎え入れ手術ができるようになったのです。

年間3000件~4000件の手術を行っているが、ミャンマーでは政府以外の病院以外では抗がん剤が手に入らないという事もあり、抗がん剤も手に入るカンボジアで2018年8月に小児医療センターを設立。

それまでにカンボジアの病院3カ所で手術なども行い、関係を築き、その内の一つの病院の敷地の中をかりて、病院の建設ができたそうなんです。

設立までの7月31日までは極めて生存率が0%に近かった腎臓・肝臓などの病気が、一気に病院が出来たことにより、良くなる方が増えたのです。

日本では少子高齢化で子供の手術がなかなか経験できない事もあり、ジャパンハートへ休みを利用して、若手の医者も手術を通じて勉強にいくそうなんです。

看護師も研修費を払ってまでボランティアに行くのです。そこでは看護師が点滴を50本ほど買い、1本の大事さ、失敗すれば1人に使う事が出来なくなる重大さを学ぶそうなのです。

スマイルスマイルプロジェクトでは、1人で旅行に行けない子供の為に旅先の近くの病院の確保から主治医の許可などの確認をしたうえで、旅にいき思い出を作るサポートまで行なっているのです。

そこで両肺に無数の小さなガンがあった子供が、USJに行った後に肺に水が溜まっているのが引いた事などもあったそうです。

楽しい思い出をもっと作りたい、もっと生きたいというような希望が奇跡のような不思議な事があったのではと教えてくれました。

小児の学会で今ではジャパンハートと小児外科がどうやって付き合っていくのか?というテーマになっているそうです。

今では毎月トップレベルの医者の協力もあったりするそうです。

ジャパンハートの吉岡先生は、医療界の取材を行っている人より、タヒボを紹介してもらった事をきっかけに、タヒボを知り、タヒボジャパンは協力するようになったのです。

そこで、タヒボも使ったりするそうです。このような具体的な話を聞きに、東京大学で行われた国際タヒボ医学研究会シンポジウム2018で勉強してきました。


写真左 看護師の伊藤さんからも懇親会では、医療の届かないところに届ける一環として、離島にも医療を届ける取り組みも行っている事が聞けました。

ジャパンハートは、ミャンマー・ラオス・カンボジアで無償の医療活動を行っています。そして、日本も含めてスマイルスマイルプロジェクトでは、家族で行きたかった場所へ行くためのサポートまで行っているのです。

是非とも、多くの方に知って頂ければと思います。

 

左半身麻痺から歩けるようなった考え方

宮古島で堀尾さんに初めて会いました。堀尾さんは脳内出血で左半身麻痺になりましたが独自のやり方でリハビリを行い、5か月後には運転もすることができ、足も手もなに不自由なく動くようになったのです。

その経験をもとに宮古島では、脳梗塞や脳出血で体に麻痺などが残ったかたや機能障害がある方に無料で歩けるようになるコツをを教えているのです。



宮古島で堀尾さんの所に通っている方は脳卒中になって7年。
その方の先輩が脳卒中になり15年経過した方で装具をはいて杖をついていた状態で言葉も聞き取りにくい状態だったのが、堀尾さんのおかげで装具をはずして歩けるようになり、スムーズにしゃべれるようになったとの事。

2017年9月に堀尾さんと出会い、リハビリをはじめるよになったのです。

堀尾さんと出会うまでは、装具をつけて足首も膝も固定してギブスをはめている感じで足の感覚が全くなく、平行棒を使ってただ歩くだけの練習のみ。

麻痺がない使える手足を使って生活に困らないようにするのがリハビリ病院でのリハビリだったが、堀尾さんの場合は、「麻痺であってもせっかくある足を使って、もとの生活にもどるようにしよう!」という考えで、夢を持って頑張ろうという気持ちになれるとの事。

堀尾さんは、足が壊れたのでないので、もとの体に戻ろうと一緒に取り組んでいる。杖もいらないし、装具もいらないし右も左も同じ足なんだから。同じようになるようにしましょう。差がないようにしよう。手だったらどっちが悪かったかわからないようにしようとしている。

水曜日~日曜日まで付きっ切りで訓練を希望する方を無料で手伝っているのです。
堀尾さんは、足のあげかたや一人でできる方法などのリハビリの仕方を教えているのです。

堀尾さんに教えてもらい、2カ月で装具をはずし、足の裏がついている感覚が出てきた。自分の足がどこについているのかわかり、少しづつ変わってきた。足があげれなかったが、足があがるようになった。それをできるんだよ!と堀尾さんが教えてくれて希望をもたらしてくれたのです。

堀尾さんは少しづつ恐怖を省いてくれるリハビリでもあり、自信もつけさせてくれるのです。動くから頑張ろうね。と言ってくれる。

脳をコンピューターに例えれると、ハードディスクがバグっている状態で、恐怖しかないからあるけないだけで、恐怖を取り除いたら歩けるようになる。痙縮(けいしゅく)も恐怖からきている。脳は訓練すれば手足が動くように再生されるし、脳の機能が回復すれば、麻痺した方も必ず歩けるようになるという考えなのです。



堀尾さんには、宮古島で2日間、お話を聞き、11月1日も広島でリハビリの様子を取材させてもらいました。堀尾さんの取材はまだまだ続きます。

本日は、原田式メンタルトレーニング指導者育成コースで勉強していました。明日が最終日ですが、月曜日からミャンマーに5日~10日まで出張し、当社の仕事をしてくれている現場に行ってきます。ミャンマーから当社に研修として2人来ています。

あらゆる事を同時並行して、可能性を探るためにチャレンジしています。
また帰ってきたら堀尾さんへの取材の続きや勉強になった事などをお伝えしたいと思います。

希輝通信(ニュースレター)でも取材内容は掲載予定です。がんを克服した方や生活習慣病を防ぐコツなどを掲載しているニュースレターです。詳しくはこちら

 

まわりの方に助けてもらった釣り体験

子供達が釣りに行きたいというので、場所を探し、車で1時間半かけて行ってきました。10年ほど前に新品の釣り竿を買って、置いてあったのをようやく使う日が来ました。

釣り竿とサビキ用の針やサビキ用のエサ入れ、リール、ウキなども新品のままです。
一度も使っていなくて、どうやってそれを取り付けるのか何も調べず、何とかなるだろうと思ってそのまま持って行きました。

行った場所は、レンタルもやっています。1本は釣り竿があったので、子供達のをレンタルしようと思っていました。すると、「1本釣り竿があれば楽しめるよ。」という話でしたので、「釣り竿はあるけど、どうやればいいか教えてもらえますか?」と聞くと、リールを左用から右用に変えて頂き、ウキ止めやウキをセットして頂き、すべてセッティングをしてくださいました。とっても親切な方でした。

それからエサを買い、エサ入れに入れてやってみました。
始めた時間は13時ごろです。なかなか釣れません。

ようやくアジが一匹釣れましたが、クーラーボックスはあるのですが、氷は持ってきていません。ちょうどそんな事を話していると、右隣の方が帰る用意をされていて、あまり釣れずにあまったとの事で、私達にペットボトルを凍らした物を3本分けてくださり、それをクーラーボックスに入れました。とてもタイミングよく、ツイテいました。

右隣の方が帰ったので、別の方が来ました。その方も家族で来ていて、いきなり初めて20分ぐらいで大きいボラを釣ったのです。その方達も家族で釣りに来たのは初めてで、何にも用意をしていないので、「この魚いりますか?」と、喜んで頂きました。
それからもすぐにコノシロを釣って、アジも3匹、隣の方から頂きました。



私達はアジしか釣れません。左隣の方は、アジをばんばん釣っていました。やり方を真似してやっていたのですが、なかなか釣れません。そしたら左隣の方は、「針を小さいのを使っている!」と、さらに「この場所はよう釣れるみたいやわ。」との事。
私達はその隣なのに全く釣れません。右隣の方は初めてなのに大物が釣れています。

左隣の方は、帰るとの事で「この場所良いからどうぞ!」と、さらに「この釣り針はよう釣れるからあげるよ!」と、とってもありがたいと思いました。確かに少し場所を変わるだけで釣れるのです。

4時間ほど釣りを行い、もらったボラ1匹、コノシロ1匹、アジ3匹、と私達が釣ったアジ10匹を持って、さばいてくれる所を探しに行きました。近くに市場みたいなのがあったのでその中に鮮魚店があったので電話で聞いてみると、さばいてくれるとの事で行ってみました。

すると、行ってみて電話して聞いたのにダメだったのです。市場の近くで釣ったものでないとさばいてくれないのです。その方に、「この市場の中ではどこもさばいてくれないのか?」聞いてみると、どこもやらないとの事でした。

鮮魚店の横の店では、氷の上に刺身を並べて売っていたのを思い出し、鮮魚店の隣のご主人に、「どうしても初めて釣った魚なのでさばいてもらう事は無理かどうか?」をたずねてみました。すると、引き受けてくれたのです。隣といっても鮮魚店とつながっていて、最初にたずねて聞いた方がレジをしていて、今回だけ特別なのでとの事です。



このような事が3日間の関東出張に行った時にもありました。業者には工事中なので内覧は出来ないと言われていたのですが、私は場所の雰囲気やどんな街なのかを知るために視察に行きました。その無理だと言われていた部屋に行くと、確かに工事中でしたが理由を話して、内覧をさせてもらいました。

その時も思いつきと何とかなるだろう!という心の声です。

家族といる時は、1年前から3つの嬉しかった事を全員が話すようにしています。今日は、車の中で話しました。

私が子供達に話したことは、今日の出来事で人に話しかけたり、聞いたりすることで、ツイテル事がたくさんあった!と、そしてうまいこと行ったけど、どんな良い事があった?などを話しました。

釣りという経験を通じて、人と触れ合い、助けてもらい、お願いする事により、ルールが変わるようなこともあり、子供達にはとっても良い思い出になったのではと思いました。



3つの嬉しかった事ではみんなが釣りは楽しかった!とそして子供達みんな、また魚釣りに行きたいとの事でした。

 

3日連続の懇親会

癒手道で氣功整体及び真理を勉強をした後に、梅田で行われた原田メソッド認定パートナーの懇親会に参加しました。目的は毎日の日誌についてやどのように原田メソッドをいかしているのかを知りたくて参加しました。

日誌は翌日の予定を書きます。だが、予定どおりにいかず、やりながらどうしてもその時にやった方が良いことや電話で話したことで、早急で重要な仕事になり、それに予定外の時間を使ったりなどで、時間通りにいかない事が多かったのです。

日誌の目的は何?から始まり、自分の達成したい目標に近づくための指標であり、その目標に近づいているのか?
という事でした。色々聞いていくうちに本質がわかり、解決しました。

2日目は戸建てなど不動産についての勉強会に参加しました。参加中にふと付き合いのある業者さんからメールがあるのではと気になり、メールを見ると、物件情報がきていたので家の中身も賃料相場もわからないまますぐに勉強会中に抜け出し電話をして、情報をある程度聞き2件おさえてもらいました。

今回の目的は、借りたお金で増やしいる方の実践者の方の話が聞きたかったのと、懇親会で実際はどうなのか?が聞きたかったからなのです。勉強会の時に京都の簡易宿泊所の話を質問した時に、施設外帳場をしてもらえるかもしれない事がわかり、
所在地を調べてみると800メートル以内で頼める事もわかり、思わぬ偶然で期待がもてるような事もありました。

懇親会では、どのようなきっかけで買い進めて行き、自営業で全く関係ない仕事からどうして今に至るのかも聞けました。講師の方も、今までは懇親会に参加して、勉強会と懇親会では情報量として、勉強会が1で懇親会が9と言われていました。

しかも毎回、勉強会では同じような話をするとの事です。話の中には多くの方に言えない事、ブログに書けない事やホームページに書けない事などは実際にありますので、私も懇親会で勉強会以上に満足した事もあるのでとても大事だと思っています。

本日は、幼稚園の運動会がありました。昨日の朝と懇親会が終わり帰宅してから走る練習をしました。雨以外の日には、何度か子供達と走る練習をしてました。1番になりたいだったら自分で起きて、パパを起こして!という感じです。強制でなく、子供達3人の意思でやりたい!という時に朝から30分ほど走っていました。

その成果もあり、徒競走は一番ですし、障害競走も一番でとっても気分が良い中、途中で運動会を抜けて原田式メンタルトレーニング指導者育成コースの勉強会に途中参加しました。

原田式で言うと、人は変わらないでなく、変える技術がない、変える情熱がない、自立を促せてないという考えでもあります。

勉強会中は自分が本当にしたい目標を考えました。目標は、現状の自分の成績や状況から考えるのでなく、目標も絶対できる目標を考え、最高の目標を考え、中間目標を考え、今回の目標を考えるのは何故なのか?などを教わり、勉強になりました。

仕事及びスポーツでは、人格の土台があってこそ、スキルが活かされるという考えで、人間力を磨けば磨くほど成果がでるという事なのです。陸上競技の経験がないのにどうして日本一を13回導いたのかなども、懇親会に参加して、裏側を聞けることが出来ました。

家族も家族経営という考えもある事を知り、どうやって子供を育てたいのか?どのような方針役割でいくのか?もすり合わせてますか?と聞かれました。なるほどです。

たまたま懇親会で話した方で青汁の開発をした経緯を聞く事が出来ました。お客さんが普段から青汁や○○を使っているので、それを配合して、その方の役に立ちたいと思い、開発して製品化したと聞きました。

どのようなつながりで課題が解決したり、きっかけになるかわからないです。

金曜日は懇親会は21時からでした。だけど、私の優先順位は癒手道での勉強が優先なので、9時50分頃に遅れて参加しました。もちろんお金は遅れてもみなさんと同じ金額です。

そこに初めて会う人に真っ白なTシャツ・短パンにリュック姿で会うのはどうか?
初めて参加するのに遅れては失礼だ!
遅れて参加して同じお金を払うのはもったいないから次の機会にした方が良いのでは?

などの辞める理由は全く考えずに、どうしたら課題が解決できるのか?だけを考えて参加しました。

そんな選択は日々あります。

今日より明日。明日の生き方・取り組みが自分にとって良いように変わればいい!
そんな考えで参加した3日間の懇親会でした。


頂いた玉葱(たまねぎ)のセット球がほぼ芽が出て大きく育っています。どんな玉ねぎが育つか楽しみです。

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最悪の事を想定して準備をする。

台風21号や北海道での大地震など自然災害があり、自然の力を思い知った1週間でした。

そんな時に「最悪の事を想定して準備をする。」
という言葉がよく頭にうかんでいました。

台風21号は何日か前からは大阪を直撃することもわかっていました。
だが、「大丈夫だろう!」と楽観的でした。
畑も特に何もしなくても、飛んでいかないだろうと思っていました。

台風の時には通販事業部では9人ほど出社してくれて、風が強かったけど
すぐ去ってよかったと思っていましたが、帰っている時には、今までに見た
ことがない光景をたくさん見ました。

畑も翌日、1時間だけ様子を見ようと予定をしていましたが、行ってみると
せっかくジャガイモのマルチをはりましたが、ほぼすべて飛んでいき、
一輪車が畑まで飛ばされていたのです。



1時間しか予定に入れてなかったのが4時間かかりましたが、まだ半分しかマルチをはれませんでした。

「最悪の事を想定して準備をする。」というのは予測をして、前もって準備するのも
そうですが、どれだけの時間がかかるのかも最悪の事を想定して時間を確保することも準備だと気付きました。

土曜日には、15時に姫路に行き、アンジェロ会に参加しました。
主催者の大川 護郎さんは、20数年でお金がない状態から借入総額442億円。
274棟4903世帯の大家さんなのです。

今までに聞いた事がないような話ばかりでした。
「新聞少年が一代で4903世帯の大家になった秘密の話」本に掲載されていない内容ばかりで、相手の事を知る努力やどうやったらお金を活かせるのか?など盛りだくさんでした。

大川さんは、「新聞配達時代には借入が今の数字になる事は想像もしていなかった。
だが、いつまでにどうなりたいのか?を考え、明日の自分を変えるには、今すぐ動くこと」と教えてくださいました。

 

私は姫路に行くまでに、1時間半ぐらい電車にのるので、「地上最強の商人」オグ・マンディーノ (著) を読んでいました。その中には

「書かれている事を読んだり、理解することは難しい事ではない。ただし、読むという事も、その内容が時間と根気をかけた結果、その人の生活の習慣となり、ついにはその人の人格の一部とすることは容易でない」

「もし、成功しようとする決意がかたければ、失敗でくじけてしまう事はけっしてない。」と書かれていました。

 

理解した!わかった!ではなく、何事も身につけたい事は習慣までに落とし込むまで
根気が必要と思いました。


台風のあと、雨が続くという事で5畝は吹き飛んだ穴空いたマルチを使い、5畝は穴のあいてないマルチをしました。ジャガイモが長雨で腐らないように考えてみました。