たまたま続きの沖縄

沖縄県南城市で旅館業を今年の3月中旬頃からはじめて、沖縄県にくるご縁が出来ました。南城市からガンガラーの谷まで車で13分。朝9時10分頃に到着して、9時20分からコースを案内してもらいました。



この場所を抜けると、クワズイモが茂っていたり、顔の大きさぐらいの幅のある竹や移動するガジュマル。



崖っぷちに生えている木、洞窟の中には、大きな鍾乳洞があります。鍾乳洞は1センチ大きくなるのに何十年とかかるみたいです。



大きな岩が倒れないように支えている小さい岩。1時間20分ぐらいのコースを歩き、どんな飲み物があるのか見てみると、琉球ハブボールを発見。とっても体によさそうなので、飲んでみると、とっても飲みやすい。



この後に、すれ違う方にこの近くで美味しいランチが食べれるか聞くと、屋宜家(やぎや)がお勧めとの事。建物は国有形文化財登録されているのです。アーサそばセットは美味かったです。



いつのまにか血が出ていたので、宿泊している場所に戻って着替えたら、というのですが、私は全く気にならなかったのと、1時間ぐらいを戻ってここまでくるのに、時間の無駄になるので、そのまま平和祈念公園に行きました。屋宜家から
5キロほどで車で7分ぐらいの場所です。

遊具がたくさんあります。みんなが遊んでいる間に、私はトイレで必死にズボンを洗濯です。





洗い終わったので、濡れているまま、自然乾燥すると思い、ひめゆりの塔まで車で8分ほどでつきました。



沖縄での戦争の事を30分ほど上映していたのでみました。それで沖縄での戦争の事がわかり、その後に資料館で写真や手紙、戦争時の資料などを読んでいると、すべて読むのがつらくなるようなことばかり。戦時中は1日おにぎり1個。麻酔がないから、麻酔なしで手術。学生から急遽、軍の看護師で、負傷兵のお世話。全員が生き延びるために解散し、捕まった時用に自決用の手りゅう弾を持って逃げるなど、戦争時の事を知りました。

その後、琉球ガラス村で体験をしようと思ったのですが、受付が15時30分で終了したので、沖縄のブルーシールアイスクリームの種類が多い店が近くにある事を聞き、向かっている途中で琉球ハブボールをケースで買いたいと思ったので、南都酒造所に電話してみると、イオンや道の駅に売っているとの事。

ブルーシール豊崎店の近くに道の駅いとまんがあったのでファーマーズマーケットいとまん うまんちゅ市場に入ってみると、数本しかありませんでした。店員さんに近くで売っている店を聞くと、隣の糸満市物産センター遊食来(ゆくら)に売っているとの事。

行ってみると、ケースの在庫はないとの事。だが、集まれば1ケースになるという事で、購入できました。近くのイオンに電話してみると、ケースでは売ってなかったのですが、1本あたり定価230円(税抜き)より15円安く販売していたと思います。

隣にお魚センターがあったのでよってみると、17時10分頃に着いたときにはタイムセールをしていました。お盆中は、閉店が18時になり、明日お休みの店があるから安いとの事。そこで夜飯をゲットして、南城市に戻って部屋で食事をしました。

レンタカー時にもらったガイドを見て、妻が行く場所を決め、旅をしハプニングもあったのですが、濡れたズボンのみかけを気にすることなく動いたおかげで、タイムセールにも間に合い、たまたまが続き楽しむ事が出来ました。

平和である事、物が食べれる事、生きている事が当たり前なのかもしれませんが、今生きているありがたみと人のちょっとした親切心で良い一日になった事を考えると、とても幸せな気持ちになれました。

ガンガラーの谷、〒901-1400 沖縄県南城市玉城前川202 電話: 098-948-4192
http://www.gangala.com/

屋宜家(やぎや)、〒901-0502 沖縄県島尻郡八重瀬町字大頓1172番地 098-998-2774
http://www.ne.jp/asahi/to/yagiya/index.html

平和祈念公園 http://kouen.heiwa-irei-okinawa.jp/

ひめゆりの塔  http://www.himeyuri.or.jp/JP/top.html

琉球ガラス村 沖縄県糸満市字福地169
電話:098-997-4784 https://www.ryukyu-glass.co.jp/

道の駅いとまん
所在地: 〒901-0306 沖縄県糸満市西崎町4丁目20−4
電話: 098-987-1277

ブルーシール豊崎店
豊崎ライフスタイルセンター TOMITON
沖縄県豊見城市
098-840-6632
https://www.blueseal.co.jp/shop/shop_toyosaki/

タイでオーガニック農園を経営している日本人に会いに

タイで医療機器の販売をしていた大賀さんは、もっと人の健康に役に立てる事ができないのか?と考えた結果、その仕事をやめ、タイ国カオヤイ山脈のふもと、標高400メートルの場所に、80000平方メートルの農園を買い、工場と農業研修ができるようにと、工場を作ったのです。

1999年9月にハーモニー ライフ オーガニック農園を設立し、野菜を作ったことがないのに、オーガニック農法による野菜を作ると始めたのです。大賀さんは、「人間だけでなく、地球に存在するすべてのものが幸せに暮らしていける地球を創ること。人間と自然が調和できる持続可能な地球を創ること。」ではないかと考え、この汚れた地球環境をもとの美しい環境に戻し、人間を含めたすべての生物の健康を取り戻すために、今すぐに行動しなければならないと思われ農業を始めたのです。

そして、『自然と人間が調和した持続可能な社会』を創るお手伝いをすることが、これからの使命だと決心され、 農地取得や工場設立にお金も貯金だけでは足りず、家を売ってまでして資金を作って始めたのです。

しかも、タイでは99.8%の農家の方が農薬を使っていることから、川の水を使うことができないと考え、農地を取得してから水の調査を行い、地下150メートルの場所に水が見つかり、人工池まで作り、畑に水散布できるように水のパイプラインまで、水が出る確証がなかった中、オーガニック野菜を作るうえでとても必要な水を手に入れたのです。

農地を買う前には、水が出るかどうかの調査もさせてもらえない中、水を掘り当てた事やオーガニック野菜を通じて、人の健康に貢献したいというパートナーとのいきさつも、大賀さんの人の健康に役に立つという強い信念と感覚が、可能にしたのだと思いました。

肥料に関しても、最初は鶏糞や牛糞を買っていたのですが、虫に野菜を食べられたりして、野菜が育たなかったことで、肥料を買うという事を見直して、自然のなかで鶏・牛を飼って、試したのです。すると、病虫害が6割~7割減ったとそうなんです。

鶏糞をにおってみると臭いという感じのにおいは全くしませんでした。



そこにさらに人工池にEM菌を自家培養したものを池に入れて、それを散布しているのです。

見学するとレタスがこの暑い中、とても立派に育っていたり、三つ葉をたべるとえぐみがなく、ほんのり甘い感じでとてもおいしい野菜でした。



見学の後に、食事をしながらさらにお話が聞けて、人のご縁は不思議なもので、大賀さんが卸をしている飲食店のお客さんが、農場見学にこられて、大賀さんのオーガニックにおける、想いをきき、大賀さんはオーガニックの野菜に触れてもらいたいのでオーガニックレストランや店舗をやりたい事を語ると、見学に来られた方は即答で、大賀さんに出資をされたそうなんです。

料理長との出会いも、ある事件をきっかけに他の店で働いていた料理長が日本に帰ろうとし時に、大賀さんが手を差し伸べ、タイミングよくオーガニックレストランの料理長になってくれたなどを教えてくださいました。



私は、今回の見学で、たまたま一緒になった二人の方がいらっしゃいました。一人は、だしを作っている会社の方でもう一人は、オーガニックの野菜を20人の農家さんから仕入れて、販売されている方です。

ご縁というのはどこから来るのかわかりませんので、思ったことややりたい事はどんどん行動すると良い事があると思った視察でした。

 

がん患者の方が無料相談できる場所-マギーズ東京に話を聞きに

マギーズ東京では、がん患者や家族、医療者などがんに関わる人たちが、がんの種類やステージ、治療に関係なく、予約も必要なくいつでも利用することができます。名前や住所なども何も記入も求めなく、その方が相談したい時に相談にのるというスタンスです。

看護師・心理士・栄養士がいるので、さまざまな専門的な支援が無料で受けられます。がんに悩む人は、そこで不安をやわらげるカウンセリングや栄養、運動の指導が受けられ、仕事や子育て、助成金や医療制度の活用についてなど生活についても相談することができます。



決してこちらから断定的に決めることはなく、本人の悩みなどをお聞きして、本人に決めてもらうそうなのです。

のんびりお茶を飲んだり、本を読んだりするなど自分の好きなように過ごしていてもいいのです。とても木の香りがする部屋もありますし、とてもくつろげる空間になっています。マギーは、そこを第二の我が家と考えているのです。



私が見学に行った時は、何人かご利用者の方がいて、その方同士で話されている光景や、マギーズ東京のスタッフと話をしている方もいました。

マギーズ東京 センター長の秋山さんは訪問看護師として癌のご利用者さんや癌であった父親との関わりの中で、困りごとも相談できずに悶々とする姿を多く見てきたそうです。



そんな中、2008年11月にマギーズセンターのセンター長アンドリュー・アンダーソン看護師の「相談者が自分自身の力でものが考えられる」ようにサポートすること、
「その力を取り戻せるような支援」が行われている発表を聞き、それから3か月後、仲間を募ってイギリス国内のマギーズセンターを見学。

その後、マギーズセンターをモデルにした「暮らしの保健室」を立ち上げ、「日本にもマギーズセンターを」と、少しずつ仲間を増やす運動を続けてきて、2016年10月にマギーズ東京として実現したのです。

秋山さんは理想を追求して、実現に至った経緯をお聞きでき、とても参考になりました。

私も2017年4月にきららリハビリ訪問看護ステーションを開設しましたので、訪問看護師である秋山さんがどのように実現したのか?ととても興味をもっていました。

そして、医者の方も来られる事があるみたいですが、医者はあえてボランティアでの参加を断っているのです。

ここに相談に来られる方は、医者との質問が整理されて、担当医師と話すときには、とてもスムーズになったり、聞けないような事をマギーズで相談する事ですっきりされる方が多いそうです。



秋山さんはとてもやんわりとした口調で話しやすいですし、是非とも、1人で悩まず、マギーズ東京で相談してみてはと思いました。

マギーズ東京についてはこちら

癌の方30分無料で1日一人の予約制で氣功整体を始めました。詳しくはこちら

きららリハビリ訪問看護ステーションは2年目です。箕面市、池田市、吹田市、豊中市、茨木市、豊能町に訪問しています。詳しくはこちら

 

左半身麻痺から歩けるようなった考え方

宮古島で堀尾さんに初めて会いました。堀尾さんは脳内出血で左半身麻痺になりましたが独自のやり方でリハビリを行い、5か月後には運転もすることができ、足も手もなに不自由なく動くようになったのです。

その経験をもとに宮古島では、脳梗塞や脳出血で体に麻痺などが残ったかたや機能障害がある方に無料で歩けるようになるコツをを教えているのです。



宮古島で堀尾さんの所に通っている方は脳卒中になって7年。
その方の先輩が脳卒中になり15年経過した方で装具をはいて杖をついていた状態で言葉も聞き取りにくい状態だったのが、堀尾さんのおかげで装具をはずして歩けるようになり、スムーズにしゃべれるようになったとの事。

2017年9月に堀尾さんと出会い、リハビリをはじめるよになったのです。

堀尾さんと出会うまでは、装具をつけて足首も膝も固定してギブスをはめている感じで足の感覚が全くなく、平行棒を使ってただ歩くだけの練習のみ。

麻痺がない使える手足を使って生活に困らないようにするのがリハビリ病院でのリハビリだったが、堀尾さんの場合は、「麻痺であってもせっかくある足を使って、もとの生活にもどるようにしよう!」という考えで、夢を持って頑張ろうという気持ちになれるとの事。

堀尾さんは、足が壊れたのでないので、もとの体に戻ろうと一緒に取り組んでいる。杖もいらないし、装具もいらないし右も左も同じ足なんだから。同じようになるようにしましょう。差がないようにしよう。手だったらどっちが悪かったかわからないようにしようとしている。

水曜日~日曜日まで付きっ切りで訓練を希望する方を無料で手伝っているのです。
堀尾さんは、足のあげかたや一人でできる方法などのリハビリの仕方を教えているのです。

堀尾さんに教えてもらい、2カ月で装具をはずし、足の裏がついている感覚が出てきた。自分の足がどこについているのかわかり、少しづつ変わってきた。足があげれなかったが、足があがるようになった。それをできるんだよ!と堀尾さんが教えてくれて希望をもたらしてくれたのです。

堀尾さんは少しづつ恐怖を省いてくれるリハビリでもあり、自信もつけさせてくれるのです。動くから頑張ろうね。と言ってくれる。

脳をコンピューターに例えれると、ハードディスクがバグっている状態で、恐怖しかないからあるけないだけで、恐怖を取り除いたら歩けるようになる。痙縮(けいしゅく)も恐怖からきている。脳は訓練すれば手足が動くように再生されるし、脳の機能が回復すれば、麻痺した方も必ず歩けるようになるという考えなのです。



堀尾さんには、宮古島で2日間、お話を聞き、11月1日も広島でリハビリの様子を取材させてもらいました。堀尾さんの取材はまだまだ続きます。

本日は、原田式メンタルトレーニング指導者育成コースで勉強していました。明日が最終日ですが、月曜日からミャンマーに5日~10日まで出張し、当社の仕事をしてくれている現場に行ってきます。ミャンマーから当社に研修として2人来ています。

あらゆる事を同時並行して、可能性を探るためにチャレンジしています。
また帰ってきたら堀尾さんへの取材の続きや勉強になった事などをお伝えしたいと思います。

希輝通信(ニュースレター)でも取材内容は掲載予定です。がんを克服した方や生活習慣病を防ぐコツなどを掲載しているニュースレターです。詳しくはこちら

 

あとから来る者のために

小椋さんより久しぶりに電話がかかってきました。
「耳鳴りってどうやったら治るやろ?」

私は治った方をしらない!とお伝えして、電話を切った後にスタッフに聞いてみました。すると、石黒式温熱法の講演会でお会いした金井先生が耳の周りを温める事で耳鳴りや目まいなどが良くなった話を聞いたとの事です。再度、電話をしてお伝えしました。

小椋さんを知ったのはタヒボをきっかけに父に紹介してもらった事がはじまりです。色んな健康食品の中ではタヒボが良いと認めてくださっていますので、何度かタヒボ茶の講演会などでお会いしていました。

そこでいつも笑顔でいる小椋さんに興味を持ち、お店に取材にいかしてもらい、とっても勉強になったので、NPO法人がん克服サポート研究会に取材内容を掲載した事があります。

小椋さんにお話をお伺いして取材させてもらったのは15年ほど前ぐらいでしょうか?
お会いするすぐにこの詩を読んでみてと。

私はその時からその詩が好きになり、その時に頂いた紙を今でも私の席の横の壁に貼っています。

 

あとから来る者のために

あとから来る者のために
田畑を耕し
種を用意しておくのだ
山を 川を 海を
きれいにしておくのだ

ああ

あとから来る者のために
苦労をし
我慢をし

みなそれぞれの力を傾けるのだ
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
みなそれぞれ自分にできる
なにかをしてゆくのだ



私が関わる仕事では病気の相談や喜びの声などが集まります。私もスタッフから報告を受けた時にわからない場合やはじめてのケースの場合は、メーカー及び研究機関に連絡をしてもらい、確認をしてもらいます。

もちろんスタッフの方が専門家であったり、良く知っている事・覚えている事もありますので、新しい情報やお客様から聞いた話などは共有するようにしています。

私達ができる事は、何だろう?
向き合う方に、どんな情報をお伝えするとその方は良くなるだろう?

その蓄積が「あとから来る者のために」につながればいいな。と考えます。

今でも私の中では、小椋さん=「あとから来る者のために」となり、その時の受けた教えが、今でも忘れない事の一つです。

 

小椋さんの取材記事については詳しくはこちら
http://www.gankokuhuku.com/challenger-ogurakaicyou.htm